アタリショック論appendix NHKスペシャル『新・電子立国』を検証する [レビュー]
■前回の記事はこちら。
■アタリショック関連記事のまとめはこちら。
○新 電子立国「ビデオゲーム」 (YouTube)
○新電子立国 ビデオゲーム④ (ニコニコ動画)
NHKスペシャル『新・電子立国 ビデオゲーム~巨富の攻防~』は、1996年1月に放送されたドキュメンタリー番組である。
アメリカの教育機関で産声を挙げたビデオゲームという名の新たな娯楽産業は、業務用機、パーソナルコンピュータ、そして家庭用ゲーム機へと版図を広げ、遂には世界規模の巨大市場を形成した。その歴史を辿ると共に、ゲームプログラム(ソフトウェア)こそが巨万の富を築く鍵であるという事実を、本番組は紡ぎ出している。とりわけ、国内外の著名なゲーム業界関係者に行われたインタビューの模様は、一級の映像資料と呼ぶに値すると言えよう。
さて、本番組で特筆すべきは、1980年代のアメリカに起きた家庭用ビデオゲームの市場崩壊を「アタリショック」と言い表し、ビデオゲーム産業の失敗事例として大きく取り上げている点にある。
日本全国で放送され、多くの人々の耳目を集めた『新・電子立国』は、我が国の市場崩壊に対する認識に影響を与えたことは間違いないであろう。
果たして本番組は、アメリカのゲーム市場崩壊をどのように描いているのか?その放送内容について検証を試みたい。
尚、併せて本稿では、放送内容に補足説明を加えて97年に出版された『新・電子立国〈4〉ビデオゲーム 巨富の攻防』(以下、書籍版と呼ぶ)の記述にも触れる。
■これはアタリVCS対応ソフトではない。コレコビジョン版『ザクソン』の画面と編集で繋ぎ合わせている。
■アタリVCSに多数のサードパーティ(外部会社)が参入した経緯は、アタリショック論(2)で詳しく論じた。“ちょっと腕のある人”であれば“カートリッジは誰もが製造できる”といった表現が妥当であるか否かは、賢明なる読者の皆様の判断に委ねたい。
ところで、書籍版にはアタリ社のサードパーティに対する方策について、より具体的な記述が存在する。
結論から言うと、筆者はこの第三番目の説明を全くの事実誤認、あるいは虚構と考えている。*注
まず、アタリVCSが発売された1977年当時、ゲームソフトはプラットフォームホルダー自身が全て販売することが常識であった。まして開発段階で、外部会社の参入を想定していたとは到底信じられない。次に、アタリ社がVCSの技術仕様を公開した事実は存在しない。逆にアタリ社は、1979年に設立されたサードパーティのアクティビジョン社や、1982年にVCS互換モジュールを発売したコレコ社に対して法的措置に訴えている。
さらに言えば、ノラン・ブッシュネルは親会社のワーナーとの経営方針の対立から、1978年末にアタリを追われている。仮にブッシュネルが上記のような着想を得ていたとしても、もはやアタリ社に在籍していない以上、VCSの販売戦略に反映される筈が無いのである。
■380億ドルは、38億ドル($3.8 billion)の誤訳。さすがに視聴者から指摘があったのか、書籍版では訂正されている。
そして序説でも述べたように、1982年の家庭用ビデオゲームの売上高は約30億ドルに達し、過去最高の数字を記録した。ABCニュースが報じているのはあくまで、38億ドルという事前の売上予想を達成できそうにないとの話である。家庭用ゲームが全く売れなくなったとは一言も言っていない、
■アタリショック論(1)でも指摘したように、アメリカの家庭用ゲーム市場が崩壊したのは82年末ではなく、83年以降の出来事であった。
しかし書籍版に至っては、“百貨店や玩具店のゲーム機売り場から客足が遠のき、閑古鳥が鳴いて売れなくなった”(p.252)、“クリスマス商戦に意気込んで出荷したビデオゲームが、ことごとく消費者にそっぽを向かれてしまった”(p.253)などと、明らかに事実を歪曲した説明が記されている。
■これは荒川實氏の誤解であるのだが、アタリVCSの販売台数は約1500万台が正しい。
2500万という数字はおそらく、84年頃までの他社も含めた家庭用ゲーム機の総販売台数と混同しているのであろう。(第3表を参照のこと)
ところで、荒川氏が市場崩壊の時期を“83年”と明言している点は見過ごせない。
不可解なことに、本番組は“82年のクリスマス”に市場崩壊が起きたと一方で述べておきながら、他方では市場崩壊は83年の出来事であるとの一貫性に欠けた説明を視聴者に示しているのだ。
残念ながら、筆者は『新・電子立国』の提示する「アタリショック」観に対して、極めて辛らつな評価を下さざるをえない。理由は只一つ、市場崩壊を語る上で欠くことができない基本的な事実に対する無知、無理解があまりに多いからである。
上で指摘した通り、本番組(及び、放送内容を元にした書籍)が提示する説明は、ことごとく間違っている。明らかにNHKの番組制作スタッフは、アメリカのビデオゲーム市場崩壊の実情を把握しておらず、取材を通じて得られた知見を正しく視聴者に伝える能力が無かったとしか思えない。そうでなければ、380億円などという致命的な誤訳や、市場崩壊が生じた年の説明がぶれることなどありえないはずだ。
NHKの看板番組という影響力の大きさを鑑みても、『新・電子立国』は我が国の市場崩壊に対する認識に誤解と混乱を生じさせた一因であると筆者は考える。その責任は重い。
尚、市場崩壊の原因について、本番組の中でアタリゲームズ社のダン・ヴァン・エルデレンは、“二流、三流のつまらないゲームソフト”が市場に溢れ出し、飽和状態に陥ったからであるとの見解を述べている。さらに書籍版においてセガの佐藤秀樹氏は、“アタリ壊滅”の原因は“粗製乱造の一言”(p.259)に尽きると断定している。
しかし繰り返しになるが、1982年の家庭用ゲームの市場規模は30億ドルに達し、数字的には最盛期を迎えている。果たしてアメリカの小売店で何が起きていたのか?その疑問に対しては、別稿で詳しく論じる予定である。
(続く)
*注 私見ではあるが筆者はこの部分の記述に関して、アタリゲームズ社のエルデレン氏がNHK取材班に事実と異なる説明を伝えた可能性を疑っている。番組内でも触れられている通り、同社は無許可でNES対応ソフトを販売したかどで米国任天堂との間の法廷闘争に発展するも、(事実上の敗北に等しい条件で)94年に和解に至った直後であったからだ。
即ちエルデレン氏は、任天堂と対比する形で、アタリVCSはサードパーティに対して自由な参入を許容していたとの方便を弄していたのかもしれない。
(Amazonリンク)
■アタリショック関連記事のまとめはこちら。
○新 電子立国「ビデオゲーム」 (YouTube)
○新電子立国 ビデオゲーム④ (ニコニコ動画)
NHKスペシャル『新・電子立国 ビデオゲーム~巨富の攻防~』は、1996年1月に放送されたドキュメンタリー番組である。
アメリカの教育機関で産声を挙げたビデオゲームという名の新たな娯楽産業は、業務用機、パーソナルコンピュータ、そして家庭用ゲーム機へと版図を広げ、遂には世界規模の巨大市場を形成した。その歴史を辿ると共に、ゲームプログラム(ソフトウェア)こそが巨万の富を築く鍵であるという事実を、本番組は紡ぎ出している。とりわけ、国内外の著名なゲーム業界関係者に行われたインタビューの模様は、一級の映像資料と呼ぶに値すると言えよう。
さて、本番組で特筆すべきは、1980年代のアメリカに起きた家庭用ビデオゲームの市場崩壊を「アタリショック」と言い表し、ビデオゲーム産業の失敗事例として大きく取り上げている点にある。
日本全国で放送され、多くの人々の耳目を集めた『新・電子立国』は、我が国の市場崩壊に対する認識に影響を与えたことは間違いないであろう。
果たして本番組は、アメリカのゲーム市場崩壊をどのように描いているのか?その放送内容について検証を試みたい。
尚、併せて本稿では、放送内容に補足説明を加えて97年に出版された『新・電子立国〈4〉ビデオゲーム 巨富の攻防』(以下、書籍版と呼ぶ)の記述にも触れる。
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■これはアタリVCS対応ソフトではない。コレコビジョン版『ザクソン』の画面と編集で繋ぎ合わせている。
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■アタリVCSに多数のサードパーティ(外部会社)が参入した経緯は、アタリショック論(2)で詳しく論じた。“ちょっと腕のある人”であれば“カートリッジは誰もが製造できる”といった表現が妥当であるか否かは、賢明なる読者の皆様の判断に委ねたい。
ところで、書籍版にはアタリ社のサードパーティに対する方策について、より具体的な記述が存在する。
ノラン・ブッシュネルが、「アタリ2600」を開発するに当たって、最も留意したことが三つあった。第一は、ゲーム機の値段は親が子どもたちのために買ってやれる範囲に抑えること。第二は、ゲーム機は子どもたちの乱暴な使い方にも耐えられるように丈夫につくること。第三は、ゲームの技術仕様を公開すること。それはゲームソフトをつくって売りたい人が自由に挑戦できるようにした配慮であった。(書籍版 p.250) |
結論から言うと、筆者はこの第三番目の説明を全くの事実誤認、あるいは虚構と考えている。*注
まず、アタリVCSが発売された1977年当時、ゲームソフトはプラットフォームホルダー自身が全て販売することが常識であった。まして開発段階で、外部会社の参入を想定していたとは到底信じられない。次に、アタリ社がVCSの技術仕様を公開した事実は存在しない。逆にアタリ社は、1979年に設立されたサードパーティのアクティビジョン社や、1982年にVCS互換モジュールを発売したコレコ社に対して法的措置に訴えている。
さらに言えば、ノラン・ブッシュネルは親会社のワーナーとの経営方針の対立から、1978年末にアタリを追われている。仮にブッシュネルが上記のような着想を得ていたとしても、もはやアタリ社に在籍していない以上、VCSの販売戦略に反映される筈が無いのである。
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■380億ドルは、38億ドル($3.8 billion)の誤訳。さすがに視聴者から指摘があったのか、書籍版では訂正されている。
そして序説でも述べたように、1982年の家庭用ビデオゲームの売上高は約30億ドルに達し、過去最高の数字を記録した。ABCニュースが報じているのはあくまで、38億ドルという事前の売上予想を達成できそうにないとの話である。家庭用ゲームが全く売れなくなったとは一言も言っていない、
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■アタリショック論(1)でも指摘したように、アメリカの家庭用ゲーム市場が崩壊したのは82年末ではなく、83年以降の出来事であった。
しかし書籍版に至っては、“百貨店や玩具店のゲーム機売り場から客足が遠のき、閑古鳥が鳴いて売れなくなった”(p.252)、“クリスマス商戦に意気込んで出荷したビデオゲームが、ことごとく消費者にそっぽを向かれてしまった”(p.253)などと、明らかに事実を歪曲した説明が記されている。
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■これは荒川實氏の誤解であるのだが、アタリVCSの販売台数は約1500万台が正しい。
2500万という数字はおそらく、84年頃までの他社も含めた家庭用ゲーム機の総販売台数と混同しているのであろう。(第3表を参照のこと)
ところで、荒川氏が市場崩壊の時期を“83年”と明言している点は見過ごせない。
不可解なことに、本番組は“82年のクリスマス”に市場崩壊が起きたと一方で述べておきながら、他方では市場崩壊は83年の出来事であるとの一貫性に欠けた説明を視聴者に示しているのだ。
残念ながら、筆者は『新・電子立国』の提示する「アタリショック」観に対して、極めて辛らつな評価を下さざるをえない。理由は只一つ、市場崩壊を語る上で欠くことができない基本的な事実に対する無知、無理解があまりに多いからである。
上で指摘した通り、本番組(及び、放送内容を元にした書籍)が提示する説明は、ことごとく間違っている。明らかにNHKの番組制作スタッフは、アメリカのビデオゲーム市場崩壊の実情を把握しておらず、取材を通じて得られた知見を正しく視聴者に伝える能力が無かったとしか思えない。そうでなければ、380億円などという致命的な誤訳や、市場崩壊が生じた年の説明がぶれることなどありえないはずだ。
NHKの看板番組という影響力の大きさを鑑みても、『新・電子立国』は我が国の市場崩壊に対する認識に誤解と混乱を生じさせた一因であると筆者は考える。その責任は重い。
尚、市場崩壊の原因について、本番組の中でアタリゲームズ社のダン・ヴァン・エルデレンは、“二流、三流のつまらないゲームソフト”が市場に溢れ出し、飽和状態に陥ったからであるとの見解を述べている。さらに書籍版においてセガの佐藤秀樹氏は、“アタリ壊滅”の原因は“粗製乱造の一言”(p.259)に尽きると断定している。
しかし繰り返しになるが、1982年の家庭用ゲームの市場規模は30億ドルに達し、数字的には最盛期を迎えている。果たしてアメリカの小売店で何が起きていたのか?その疑問に対しては、別稿で詳しく論じる予定である。
(続く)
*注 私見ではあるが筆者はこの部分の記述に関して、アタリゲームズ社のエルデレン氏がNHK取材班に事実と異なる説明を伝えた可能性を疑っている。番組内でも触れられている通り、同社は無許可でNES対応ソフトを販売したかどで米国任天堂との間の法廷闘争に発展するも、(事実上の敗北に等しい条件で)94年に和解に至った直後であったからだ。
即ちエルデレン氏は、任天堂と対比する形で、アタリVCSはサードパーティに対して自由な参入を許容していたとの方便を弄していたのかもしれない。
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NHKスペシャル 新・電子立国〈4〉ビデオゲーム・巨富の攻防
- 作者: 相田 洋
- 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
- 発売日: 1997/01
- メディア: 単行本
初めまして。
アタリショック―事実からはかけ離れているが、この名前で定着してしまった現象―を調べて、ここに辿り着きました(長い)。
hallyさんの記事共々、大いに学ばせていただいている次第です。
VCSの話って、調べると結構面白いですね。個人的には、海賊版がどんな感じで売られていたのか気になります。
そう言えば、アイドルマスターはVCSと少し似通った部分があるかも。
7年も同じキャラで継続してる所に、VCSをだぶらせてしまいますw
by NO NAME (2012-05-20 20:29)
>海賊版がどんな感じで売られていたのか
「海賊版」とは、違法コピー商品のことでしょうか?非ライセンス品と混同されていませんよね?
別記事でも書きましたが、市場崩壊の時期に相当する83年前後に、アメリカでVCSソフトの違法コピーが販売されていたという事実は存在しません。
ただし後に欧州や南米といった地域では、海賊ソフトは数多く出回っています。
尚、アタリ社は旧世代機のVCSに固執していたわけではなく、82年に後継機の5200を発売しています。我が国のアタリショック観は、VCSの失敗のみを原因とする分析が多いですが、5200も考察に含まれるべきでしょうね。
by loderun (2012-05-21 09:15)
そう言えばそうでした・・・>北米では海賊版は~。
ただまぁ、欧州や南米だと普通に並べられていたのか?というのも知りたい所ではありますね。
当時のゲームショップの写真とか見たい物ですが、探せば見つかる物でしょうか。
「アタリ2800広技苑」の中にあった「VCSのクソゲーはパクリゲーが多い」というのは、ちょっとなるほどと思わされました。
何本も買って、全部似た様なゲームだったら嫌気がさすかもしれません。
まぁ、それでユーザーが興味を失ったという事はないでしょうけれど。
5200もありましたね。確か、販売戦略のぶれが災いしてあまり上手く行かなかったとか・・・。7800はどうだったんでしょう?
by NO NAME (2012-05-21 19:07)
とにかく素材メーカーをないがしろにしていた記憶が、電子立国にあって、一応素材メーカとしていた新日鉄があほなことをいっていた。巨大装置産業は、勢いがあって新鋭設備が勝利する。新日鉄幹部はあざ笑っていたが日立金属的ではない会社が徐々に苦境にあるのでは?
by 鉄鋼問題 (2012-08-21 23:34)
アタリゲームズの人は嘘は付いてないと思う。ソフトの粗製濫造がネックになってたから(互換性ありの)アタリ7800が発売中止になったんだろうし、あの時期に新機種という起死回生の矢を撃てなくなったからこそあの有り様になったのであって。
by 続き待ち (2013-02-24 11:57)