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久夛良木氏とすぎやまこういち氏の件について [レビュー]

これがプレステ2だ!―SCE久多良木健氏インタビュー― (from ASCII24)
もっとも驚いたのは、ファミコンをやってるときに、サウンドトラックが4本しかありませんと、音のディレイもありませんと、それで音楽を表現しないといけないと。そんなもんで音楽なんてやれませんよね。
ところが、その狭い世界でもある種の“美学”があってね、こうやればこう鳴りますと。それも確かに音楽だよね。それをぼくは否定しないんだけども、だけど一般の人、普通の人はそれで感動するかというと、ぼくは感動しないと思う。
なぜかというと、それを感動させるのはクリエイターなの。その場合、クリエイターが感動してない、クリエイターがやりたいと思ってない。それで聴いた人が感動するはずがない。要はクリエイターがやりたいと思ってることがやれるかどうかというのがキーなんです。



すぎやま氏インタビュー (2005/09/21の項を参照のこと)
(インタビュアー) 20年前にファミコンでサウンドをつくるのは、とても大きな制約があったんでしょう。
すぎやま
メモリの制約が大きかったですね。だから、オープニングとエンディングはなんとか3トラック使いますけど、中身は2トラックでお願いしますと。当時はサウンドの時代で、プロの作曲家にゲーム音楽を頼もうとすると、メロディとハーモニーでしか勝負できなくて、サウンドでは勝負できないということで、そういう連中はみんな拒否したわけです。
「3トラックで音楽ができるわけがない」という声も聞かれたんですが、 僕から言わせると、「それは力がないからだ」ということになるわけです。バッハの「フルートのための無伴奏パルティータ」は、フルート1本ですばらしい組曲ができてるわけです。あれは、1トラックなんだよね。
1トラックでも、メロディ、ハーモニー、リズムをぜんぶ表現できるということを、大先輩のバッハがやってるわけですから、「2トラックではできません」というのは、プロのセリフではないわけです。

(ニンテンドードリーム 2005年11月号より)


E3 2006のプレスカンファレンスにて、「PS3、安すぎたかも」、「PS3は高価なディナー」などと相変わらずの壮語っぷりを見せつけた久夛良木氏。まあ、なんというか、いろんな意味で自分に正直な人なんだなと思います(笑)

そんな久夛良木氏の“イタい発言”として、事あるごとに引き合いに出されるのが、上に挙げた「ファミコンで音楽はできない」だ。つい先日にワラタ2ッキでも紹介されていたが、コメント欄を見る限り久夛良木氏を非難する声が多い。
プロのセリフ (from ワラタ2ッキ)

さて、この「ファミコンで音楽はできない」発言について。
僕の個人的な感想を述べさせてもらうと、この件は別にどちらが正しいとか間違っているとか言うことはできないと思うのだ。

まず久夛良木氏の発言だが、引用部分の前後の文章に目を向けてほしい。
要するに久夛良木氏は技術的なブレイクスルー(現状打破)を標榜する立場にあり、その結果として「ゲーム製作者のクリエイティビティを最大限に発揮できる器(=PS2)」を用意したいと言っているにすぎない。技術者として、当然の発想だろう。

これに対してすぎやま氏は、ファミコンのような2トラックサウンドでも演奏が可能な楽曲の例としてバッハの無伴奏を挙げる。その理屈は、「プロの作曲家」として極めて正しい。
しかしよく考えてみると、すぎやま氏は同時に「交響組曲ドラゴンクエスト」を書きあげ、自らオーケストラの指揮を務めていたりする。いじわるな言い方かもしれないが、あれこそまさに久夛良木氏のセリフにある「クリエイターがやりたいと思ってること」の具現化ではないのだろうか?

つまるところ、久夛良木氏は「新しい道具を作る人間」であり、すぎやま氏は「今ある道具で何ができるか考える人間」というだけの話だ。
二人の立場も、目指す次元も全く異なる。

そもそも、久夛良木氏もすぎやま氏も、ある一点について根本的な事実を見落としている。
矩形波2音、三角波1音、ノイズ1音、DPCM(サンプリング)1音を出力可能なファミコン音源は、83年発売当時の家庭用ゲーム機としては、卓越した表現力を有していたということだ。
PSG3音しかないMSXユーザーであった僕からすれば、ファミコンのサウンドを何度羨ましいと思ったかわからない(笑)

FM音源、PCM、CD-DA、MIDI・・・。ゲームミュージックに用いられる音源も、時代を経て進歩してきた。
ディスク版『ゼルダの伝説』のメインテーマも、コナミMSXのSCC作品群も、PC88の古代節も、『天外魔境Ⅱ』の久石譲の楽曲も、PS2『ワンダと巨像』のオーケストラサウンドも、どれもこれも僕にとっては名曲であることに変わりはない。
その事実だけで十分だ。


ところで実を言うと、すぎやま氏が上記のような意見を述べるのは初めてではない。
僕が知る限り、彼の同様の主張を確認できる最も古い文献は、88年に出版された『電視遊戯大全』だ。
以下、該当部分を引用。


●ファミコンの音楽の場合、最大でも3音しか同時に出せないそうですが、その点で相当ご苦労なさったのでは?
あまり苦労はありませんでした。2声や3声で曲をつくるというのは、バッハ的なクラシック音楽にはよく見られる、基礎的なことなんです。バッハがゲーム音楽をつくったとしたら、凄い傑作ができるんじゃないでしょうか。
ところで最近は、やたらサウンドで厚化粧していて、その実くだらない曲が多いのですが、ゲーム音楽の場合は2声や3声しか使えないので、ごまかしが効きません。
ゲーム音楽においては、メロディー・ライティングの力量が正面から問われることになるのです。本来、曲の素晴らしさの中心は、バッハにしてもベートーベンにしても、抜きんでて優れたメロディーラインにあったのではないでしょうか?



『電視遊戯大全』には、このインタビューが行われたのは87年8月13日と書かれている。FC版『ドラゴンクエストⅢ』(88年2月)を半年後に控えた時期だ。

それはそうと、この87年のインタビューで、すぎやま氏が最近の曲は「やたらサウンドで厚化粧していて、その実くだらない」などと苦言を呈している点が興味深い。
ニンドリの記事では、「3トラックが書けないプロの作曲家」を非難していたすぎやま氏だが、その根っこには80年代の流行歌が念頭にあったものと見受けられる。

調べてみたところ、87年の日本レコード大賞は近藤真彦「愚か者」、最優秀新人賞に立花理佐が入賞し、金賞には少年隊、中森明菜、荻野目洋子、BOOWY(懐かしい!)が名を連ねる。バンドブームがやってくる前の、邦楽が邦楽らしかった最期の頃だと個人的には思うのだが。具体的に、すぎやま氏はどのあたりの曲がご不満だったのだろう?

つうかすぎやま氏って、フジテレビで音楽番組のディレクターを務めてた経歴があるんだよなぁ。


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コメント 2

Aya

これってある意味で着メロが分かり易く表現し易い話題の気がする(笑)
限られたトラック数で音楽を表現せよ、が条件ですし。

ただ、今の携帯は40和音だったり、64和音だったりするから微妙ですけど。
by Aya (2006-05-23 10:04) 

loderun

今となっては昔の話ですが、16和音携帯が出た時は驚きました。レトロゲームのBGMが、バッチリ再現できる環境ですからね。
つーか僕の携帯はもう5年越しくらいで、メインの着信音を「AC版グラディウスの逆火山ステージ」から変えてないです(笑)
by loderun (2006-05-24 00:11) 

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