FFⅥの「潜水艦乗りの子」について [レビュー]
先日の記事で紹介した海外版『ファイナルファンタジーⅥ』の珍セリフ、"Son of a submariner!"(潜水艦乗りの子め!)。
その後調べてみたところ、僕自身いくつか誤解していた部分があったので、補足がてら詳しく書いてみようと思います。
■こちらが日本のオリジナル版。
実際のところ、"Son of a submariner!" とのセリフが、ガイジンに爆笑を引き起こすほどの珍訳であることは疑いようのない事実です。海外のFFファンで知らない人はいないでしょう。
しかし、この件についてはいくつか理解しておくべきポイントがあります。
(1) この英文は、ネイティブスピーカーが翻訳したものである。
(2) "Son of a submariner!" とは、"Son of a bitch!"をもじったセリフであること。
(3) ケフカというキャラクターの特異性。
まず一つ目。
『ファイナルファンタジーⅥ』の翻訳を手がけたのは、Ted Woolseyという人物です。
彼はれっきとしたネイティブスピーカーであり、米スクウェアソフトのスタッフでした。海外版『クロノトリガー』、『スーパーマリオRPG』、『聖剣伝説2』、『ブレスオブファイアー』(北米ではスクウェアより発売)などのローカライズを担当した経歴を持ちます。
"Son of a submariner!"とは、英語に不慣れな日本人が考えたのではないという事実は、注目すべきです。
次に第二の点。
英語に明るくない人でも、"Son of a bitch!"(「売女の子!」=「こん畜生!」)というスラングはご存知かと思います。
即ち、前回の記事に書いたように"Son of a submariner!"とは、砂の中に潜行可能なフィガロ城を潜水艦(submarine)に見立てた上での、「だじゃれ」であるのです。(*注)
当然のことながら、欧米人は"Son of a submariner!" とは、"Son of a bitch!"をもじったセリフであることをよく理解しています。
最後に、このセリフを発したケフカという登場人物について。
彼は残忍な性格の魔道士であり、作中を通じて常軌を逸した言動を繰り返します。
(例)
「レオ将軍がいなくなったら この川の水を毒に変えてやる…ふれただけで即死じゃあ…ヒッヒッ…」
「つまらん!! おもしろくないから こんな村なんて焼きはらっちゃいな!」
「ちくしょう ちくしょう ちくしょう ちくしょう ちくしょう ちくしょう
ちく ちく ちく ちく ちく ちく ちく ちく ちく ちく ちっっっっくしょーーーー!!」
「ハカイ ハカイ ハカイ! ゼ~ンブ ハカイだ!!」
Woolsey氏は、このケフカという人物の狂気をいかにして伝えるか、大いに悩んだのでしょう。その結果として、"Son of a submariner!" という奇妙なセリフは生まれたと言えます。
ここで個人的に思い出されるのが、セガでローカライズ業務を担当された長谷川亮一氏のインタビューです。
○名作アルバム『エコー・ザ・ドルフィン』
■私は機械的な翻訳は嫌だったので、無機質にならないように、血の通ってる翻訳がしたいと常々思っていました。だから、ただの翻訳だけでなく、プラスアルファとしてストーリーを語ったり、ルールの説明をしたり、かなりの情報を詰め込んだつもりです。(中略)
─ 長谷川さんのお気に入りの台詞って、ありますか?
■「体力を回復するにはエサを食え」というセリフを「こざかなは おいしい」と訳したのは、我ながら傑作だと思います(笑)
要するに、Woolsey氏のローカライズは、 ― 長谷川氏が「体力を回復するにはエサを食え」を「こざかなは おいしい」と訳したように ― 敢えて原文を捻じ曲げてでも“親しみやすく、わかりやすい表現”を採用するというスタイルだったわけです。
言語様式や文化の違いを越えて、“言葉の意味”を伝えることの難しさ。これはゲームに限らず、映画や小説の翻訳にしても同様でしょう。
“逐語訳”と“意訳”の、どちらの手法がビデオゲームのローカライズとして適切なのか?その答えは、個々のユーザーが判断すればいいと僕は思います。
海外版『ファイナルファンタジーⅥ』については、近年になってTed Woolsey氏の“意訳”に不満をもつRPGファンにより、「原意に忠実なテキスト」に修正するパッチファイルが製作されました。
○RPGOne Translations Final Fantasy VI
上の画像を見ての通り、この修正版では"Son of a submariner!" の部分は、"Son of a bitch!"と至極真っ当なセリフに改められています。
その一方で、Woolsey氏の仕事を肯定的に考える人が多いのも事実です。
少なくとも、彼の“血の通った翻訳”は、「All your base~」のような珍妙な英語がまかり通っていたそれまでのゲームよりもはるかにマシでした。
現にWoolsey氏がローカライズを手がけた作品は、いずれも海外で高い評価を得ています。
例えば日本人が、かの有名なアタリの「コイン いっこ いれる」を笑ってしまうのは仕方がないことです。しかし、単に「INSERT 1 COIN」で済ますのではなく、敢えて日本語の表記を行ったアタリの“誠実さ”を、我々は忘れるべきではないでしょう。
さて、SFC作品のローカライズを数多く手がけたTed Woolsey氏は、その後スクウェアから離れてBig Rainという名のソフトメーカーに参加します。(後にCraveyardへと社名を変更)
彼がエグゼクティブ・プロデューサーを務めたPS『Shadow Madness』はFFシリーズの影響を受けた3D-RPGです。
北米で発売される家庭用機向けRPGは、PCからの移植や日本の作品のローカライズが圧倒的に多い。これに対し、純米国産RPGの『Shadow Madness』は、隠れた良作として海外のゲームファンに知られています。
しかし、2000年にWoolsey氏はRealNetworks社へと転職。彼の名前がクレジットに記された家庭用のビデオゲームは、この作品を最後にリリースされていません。
今回の記事を書くにあたり、以下のページを参考にしました。
○Ted Woolsey (from MobyGames)
○Ted Woolsey (from 英語版Wikipedia)
○Final Fantasy VI (from The Gameless Game)
(関連記事)
○Chips(小ネタ) 英語が奇妙なビデオゲーム
*注 実はこの部分については、いわゆる「任天堂チェック」により、"bitch!"という汚い言葉の使用が禁じられていたからだとの指摘もある。
しかしWoolsey氏が、― 例えば"Blast it!"のような当り障りのないセリフではなく ― "Son of a submariner!"という表現を選んだのは、彼自身の翻訳センスに負うところが大きいと言える。
(06/6/29) 本文一部修正、画像を追加
(06/6/30) 日本版の画像を追加
(06/7/2) 注を追加
フィーリングとしては、
「船首を洗って待ってろ!」とか「潜望鏡にモノ見せてやる!」といった感じでしょうか…
(あ、いや、このシーンの訳語としてではなくて言葉遊びの類型として)
洋ゲーの翻訳の場合、自分の好みは「直訳に近い訳語」ですね。そのほうが洋ゲーをプレイしてる気になるから(^_^;
…尤も、「誤訳がなければなんでもいい」というのも事実です。ヒントとなるセリフが誤訳されてて、そのせいで迷ったりするのはなぁ…
by Asuka (2006-06-30 07:35)
>アタリの「コイン いっこ いれる」
これはテンゲンの日本の社員の方がわざとやったとか、どこかのインタビュー(Beepメガドライブだったかと)で読んだ気がします。
Wikipediaのテンゲンの項目にも書いてあるようです。
by Diego (2006-06-30 11:14)
>>Asukaさん
もちろん言葉遊びの妙もあるのですが、それだけではないでしょう。
強烈な個性と珍妙な翻訳が結びついて、「笑いの対象」となった人物と言えば、映画『フルメタルジャケット』のハートマン軍曹に似たような受け止め方をされているのではないかと僕は見ています。
>>Diegoさん
>テンゲンの日本の社員の方がわざとやったとか
あ、それは知りませんでした。確かにメガドラのマニュアルの悪ノリとか、どう見てもわざとやってましたしね。
by loderun (2006-06-30 12:26)