書評 『Atari Inc. Business Is Fun』 [レビュー]
[Kindle版]
○Atari Inc. Business is Fun (Complete History of Atari - Volume 1)
○Atari Inc. - Business Is Fun (公式ページ)
○Atari Inc.: Business Is Fun - Curt Vendel, Marty Goldberg (Google ブックス)
2012年11月に出版された洋書をいまさらご紹介。英語で書かれていることが災いしてかサッパリ話題に上っていないようですが、ビデオゲーム史に興味を持つ人には必読と呼べる一冊です。
本書は、ビデオゲーム産業の先駆者にして数々の名作ゲームを輩出したアタリ社の軌跡を、かつて同社に勤務した多くの人々の証言を元に描き出した「真実の物語」。
具体的には、1969年のアンペックス社でのノーラン・ブッシュネルとテッド・ダブニーとの出会いから、ゲーム市場崩壊の影響を受けて1984年にアタリ社家庭用部門が分割売却されるまでの期間が取り上げられています。
本書の大きな見どころの一つは、アタリ創世期の描写として、同社の共同設立者であるテッド・ダブニーの証言に多くを拠っている点です。今までアタリ社を取り上げた文献や記録映像では、ノーラン・ブッシュネルや『PONG』開発者のアル・アルコーンが証言者として登場することが殆どでした。いわば「第三の視点」で、ビデオゲーム産業が誕生した経緯を知ることができます。
また、本書で明らかにされている最も衝撃的な事実の一つは、かの有名なアタリ社のロゴが富士山やPONGの図案化ではなく、単なるデザインであったことでしょう。(p.98)
当時、アタリ社のプロダクトデザイナーを務めたジョージ・ファラコによれば、彼と同僚のジョージ・オッパーマンがロゴのアイデアを筆に任せて紙に描いていたところ、オッパーマンが描いたシンプルな落書き(doodle)が目に止まり、それを採用したとのことです。
しかし、なんと言っても圧巻なのは、アタリ社がワーナー・コミュニケーションズに売却された1976年以降の部分です。上級役員、研究開発部門、家庭用部門、業務用部門、製造担当…。異なる立場に置かれた個々人が、当時何を考え、どのようにふるまっていたのかが、膨大な証言を元に紡ぎだされています。
このように本書は、元社員たちの生の声に基づいたエピソードが目白押しです。既に当blogでも以下の記事にて本書を引用していますが、興味深い記述が本当に多く、いちいち挙げていてはキリがありません。
○アタリVCS『E.T.』の埋葬は無かったんだ論
○アタリ社がファミコンを販売していたかもしれないゲーム史
『Atari Inc. Business Is Fun』は総ページ数で約800p.。フライヤー、雑誌広告に加えて、社員のプライベートフォトや社内文書などのいままで公開されたことがなかった写真資料も大量に掲載されています。
本書に関心を持たれた方は、上にリンクを挙げたGoogle ブックスのページで試し読みすることができますので、是非とも内容をご確認ください。(「書籍のプレビュー」をクリック)
ちなみに、ペーパーバック版は表紙を除く本文は白黒印刷。カラー写真を見たい人は、Kindle版が良いでしょう。
ただし個人的には、本書がリファレンス一覧を欠いており、情報の出所元が不明瞭な記述が多々含まれているのが残念で仕方ありません。
これは著者自身が前書きで断っていることなのですが、本書はあくまでアタリ社の元社員の証言を元にした「物語」という体裁を取っています。
僕の感想が著者の意図に反していることは重々承知していますが、これほど貴重な証言が数多く収録されているのですから、学術的資料として活用できる形で再編集し、後世に受け継がれるべきではないかと思わずにはいられないのです。
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