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アタリショック論(1) 「アタリショック」とVideo Game Crash [レビュー]

No single event caused the crash, just as no single event sank the Titanic.
タイタニック号が沈没した原因が一つではないように、市場崩壊の原因は一つではない。

―― 『Classic 80's Home Video Games』 (08年)




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アタリショックとは、1982年のアメリカ合衆国においての年末商戦を発端とする家庭用ゲーム機(パソコンゲーム市場を含まない)の売上不振「Video game crash of 1983」のことである。

―― ○アタリショック 『ウィキペディア(日本語)』

アメリカの家庭用ゲーム市場崩壊を語る上で避けて通れないのが、我が国で広く使われている「アタリショック」との呼称の由来と、その定義の変遷である。

「アタリショック」はしばしば、“アメリカの経済学のテキストに掲載されている”と説明される。あるいは、「アタリショック」は元々82年12月に起きたワーナー社の株価暴落[1]を指す言葉であり、“ニューヨーク証券取引所で語り継がれている”とも言われる。
そこで筆者は、80年代のアメリカの出版物を中心に調査を行った。しかし、(本論をまとめている現時点までに)市場崩壊が起きた当地のアメリカで、"Atari shock"との呼称が使用されている実例を筆者は見出すことはできなかった。[2]

さらに、80年代の日本において市場崩壊を取り上げた文献を調べたところ、興味深い事実を確認した。
第一に、80年代の日本の文献では、「アタリショック」という呼称は全く使われていない。この時期によく見られるのは、「アタリ社の失敗」「アタリ社の教訓」といった表現である。
そして第二に、ゲームソフトの粗製濫造に全ての原因が帰するかのような説明は極めて少ない。
実は83年から85年にかけて、我が国でも経済紙を中心に市場崩壊はリアルタイムに報じられている。これらの記事は主にアメリカの通信社、新聞、雑誌等を情報源としていた。そのため、市場崩壊の実情に近い分析が行われていたのであろう。
例えば、『ファミコンブームが崩壊する日』(86年)[3]は、『「アタリ社の失敗」を読む』(原題『Zap! The Rise and Fall of Atari』)を引用する形で、アタリ社が83年に販売不振に陥った原因の一つは、インテリビジョンやコレコビジョンなどのVCSよりも性能面で優れた競合商品が登場した点にあると指摘している。

しかしその一方、80年代中頃の時点で既に、現在の「アタリショック」観に通じるような市場崩壊に対する誤った認識を見出すこともできる。
例えば、高橋健二著『任天堂商法の秘密』(86年)[4]は、次のように述べている。

 家庭用テレビ・ゲームのはしりは米国・アタリ社が出した「アタリ2600(筆者注:VCSの別名)」という商品である。1970年代の後半から80年代前半にかけて爆発的なヒット商品となり、82年には、アメリカ八千万世帯のうち約20パーセントにテレビ・ゲーム機が普及、そのうち80パーセントのシェアをアタリ社が取ったといわれる。(中略)
 ところが、それだけ大ブームを巻き起こしたアタリ社のテレビ・ゲーム機が、82年の後半に入ると、台風が去ったあとの夕凪のようにピタッと売行きが止まってしまった。原因は、駄作、愚作のソフトの乱造で、消費者の信頼感を失ったためである。

序説でも触れたが、82年はアメリカの家庭用ゲーム市場が最盛期を迎えた年である(第1図)。確かに、翌83年に売上は大きく後退した。しかし、“82年後半”に“ピタッと売行きが止まってしまった”などという表現は明らかに不適切である。

videogamecrash_fig1.jpg

また、ゲームソフトに関しても、83年の販売数量は前年より1500万本も増加している(第3表)。これは、“消費者の信頼感を失った”という説明と矛盾する事実と言えよう。

videogamecrash_table3.jpg


ともあれ86年の時点で、不正確な情報と粗雑な印象論に基づいた市場崩壊に対する認識は現に存在したのだ。そして90年代に入って以降、一面的な「アタリショック」観は急速に広まっていく。(『Classic 8-bit/16-bit Topics』も指摘するように、我が国で「アタリショック」との呼称が使用され始めたのは、1990年頃であると推測される)
その集大成と呼べるのがNHKスペシャル『新・電子立国』(96年)である。同番組は、「アタリショック」を次のように言い表した。

 アタリショック。ゲーム業界では82年のクリスマスに起きた市場崩壊を、こう呼んでいる。
 72年、『ポン』と『ブレイクアウト』のヒットで会社をスタートさせたアタリ社はわずか数年で収益を10倍以上に伸ばし、業界のリーダーにのしあがっていた。しかし、そのアタリ社でさえもこの市場崩壊で利益が半減し、苦境に立ったのである。

―― 『新・電子立国 第4回 ビデオゲーム ~巨富の攻防~』

繰り返しになるが、アメリカの家庭用ゲーム市場が崩壊したのは82年では無い。83年以降である。

ここで改めて、我が国で流布している「アタリショック」観の要点をまとめておく。
(1) 1980年代前半に家庭用ゲーム市場を支配していたのはアタリ社のVCSであった。
(2) アタリ社は、サードパーティ(外部会社)がVCS対応ソフトを供給することを容認した。
(3) 1982年の年末商戦において粗悪なゲームソフトが氾濫したことにより、消費者離れが起きた。
(4) 急激な売上の低下により、家庭用ビデオゲーム市場全体が崩壊した。

誤解を恐れずに言えば、我が国の「アタリショック」観はアメリカの"Video game crash"とは全く別の概念である。
序説においても指摘したように、我が国における「アタリショック」の通説は、明らかに当時の家庭用ビデオゲーム市場の実情と乖離している。そして現在のアメリカでは、市場崩壊が複数の要因によって生じたことは既に定説となっている。
我が国の市場崩壊に対する認識は2011年の今も尚、一回りも二回りも遅れているのだ。

残念ながら筆者は、最初に「アタリショック」との呼称を使ったのが誰であったかを特定することはできなかった。また、1990年以降の我が国で一面的な「アタリショック」観が拡散していった理由については大いに考察の余地がある。
とはいえ、本論では「アタリショック」という呼称の由来や定義の変遷について、これ以上拘泥するつもりはない。なぜなら、筆者の主眼はあくまで、現在の日本に流布している一面的な「アタリショック」観に異議を唱え、市場崩壊の真の原因を解明することにあるからである。

(続く)

[1] 82年12月のワーナー社の株価暴落については、別項で詳しく論じたので参照のこと。
[2] ただし、"Atari shock"に近い表現として、アタリ社の業績予想の下方修正を指して、"the shocker(衝撃的な出来事)"、あるいは"Atari shocked~(アタリは衝撃を与えた)"と記している文献は確認できた。
尚、余談ではあるが、この時期のビデオゲーム市場の凋落を言い表す英語表現としては、"shake-out(不況)"、"collapse(崩壊)"、あるいはやや口語的ではあるが"zap"という語を見ることが多い。
[3] 『ファミコンブームが崩壊する日』 刑部澄徹 片山聖一 秀和システムトレーディング株式会社 1986年
[4] 『任天堂商法の秘密』 高橋健二 祥伝社 1986年

[第1図]藤田直樹「米国におけるビデオ・ゲーム産業の形成と急激な崩壊 現代ビデオ・ゲーム産業の形成過程(1)」『経済論叢(京都大学)』1998年11・12月(162巻5・6号)に掲載のグラフを基に作成。(『日経エレクトロニクス』第508号を入手できなかった為)
[第3表]『ファミコン・シンドローム』深谷昌志・深谷和子編 同朋社 1989年 (出所は米電機工業会との記載あり)

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「す」の字

こんにちは。
いつも更新を楽しみにしてる者です。

細かいことで申し訳ありませんが、
スコット・コーエン著『Zap!』(邦題『アタリ社の失敗を読む』)は
スコット・コーエン著『Zap!』(邦題『「アタリ社の失敗」を読む』)が正解です。
つまり、『Zap!』=「アタリ社の失敗」でして、それを踏まえて訳者が加筆
したのが『「アタリ社の失敗」を読む』なんです。
by 「す」の字 (2011-10-30 10:41) 

loderun

>邦題『「アタリ社の失敗」を読む』が正解

ご指摘ありがとうございました。該当部分を訂正します。
実は、『ファミコンブームが崩壊する日』にて、『アタリ社の失敗を読む』と表記されていたので、間違えてしまいました。
そして僕は、『「アタリ社の失敗」を読む』がどうしても手に入らなかったため、原著の『Zap!』しか目を通していません。訳者の加筆部分も、いつか確認してみたいですね。
by loderun (2011-10-30 11:01) 

NO NAME

初めまして、今日このサイトを見つけて、表紙のGAIAに爆笑した者です。
#ウルテクで無敵ガイアに!
アタリショックの詳細な分析、参考になります。
特に根拠もない印象ですが、当時「アタリショック」という言葉は
任天堂が積極的に使ってた印象がありますね。
サードパーティに本数制限をかける口実に使われてた・・・なんてのは穿ちすぎかな。
by NO NAME (2012-01-25 16:15) 

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