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アタリショック論序説 [レビュー]

ビデオゲーム産業の形成過程を考察する上で、1980年代のアメリカに起きた家庭用ビデオゲーム市場の急激な崩壊は特筆すべき出来事である。
テレビ受像機を利用する据置型家庭用ビデオゲーム機の歴史は、1972年にマグナボックス社より発売されたオデッセイに遡る。
以後、70年代から80年代初頭にかけて、高い成長性と収益性を予見した企業が数多く参入し、技術開発と販売競争を積極的に推し進めた。その結果、家庭用ビデオゲーム産業は、単なる娯楽玩具の域を超えた一大産業へと発展していく。

アメリカの家庭用ビデオゲーム産業が最盛期を迎えたのは1982年である。市場規模は30億ドルに達した。しかし、翌1983年から1984年にかけて急激な縮小へと転じる。そして遂に、1985年の家庭用ビデオゲームの市場規模は、1億ドル以下にまで落ち込む。

アメリカの家庭用ゲーム市場の崩壊を指す言葉として、我が国では「アタリショック」との呼称が広く定着している。「アタリショック」の説明は例えば次の通りである。

80年代初頭において、アメリカの家庭用ゲーム市場を支配していたのは、アタリ社であった。アタリ社は元々、業務用ビデオゲーム会社として1972年に創業し、1975年に家庭用ビデオゲーム市場へ進出。同社の主力ゲーム機「ビデオ コンピュータ システム(以下VCS)」は、1981年に市場シェアの8割を獲得していた。 しかし1982年、VCS市場にサードパーティ(外部会社)が大量参入し、質の低いゲームソフトを濫造した。またアタリ社自身、82年の年末商戦の目玉として映画『E.T.』に基づいたVCS向けの新作ソフトを発売したが、その内容があまりにも酷く、大量の不良在庫が生じた。 粗悪なゲームソフトを手にした消費者は不信感を抱き、家庭用ビデオゲームは全く売れなくなってしまった。*注

繰り返しになるが、「アタリショック」はビデオゲーム産業の形成過程を考察する上で欠かすことのできない、重要な事例と言える。しかし、我が国にとって市場崩壊は海の向こうの出来事であるため、実証的検証は困難を極める。それ故に、伝聞や憶測に基づいた通説が無批判に流布されてきたのが実情であった。
本論の目的の一つは、いわゆる「アタリショック」にまつわる数多くの誤解を取り除くことにある。

例えば1982年当時、VCS市場にサードパーティが数多く参入し、新作ソフトが大量に発売されていたことは一面の事実である。しかし1982年に発売されたVCS対応ゲームソフトのタイトル数は、文献毎に記載が定まっておらず、400本[1]から1500本[2]と大きく差異がある。筆者が調査を行った結果、1982年のVCS対応ゲームソフトの発売タイトル数は、第1表に示すように134本であった。

videogamecrash_table1.jpg

また、「アタリショック」との言葉が端的に示すように、アメリカの家庭用ゲーム市場を論じた過去の文献では、VCS対応ソフトの販売不振を市場崩壊の主因とする分析が多い。しかし、実際にはVCSと同時期に、様々な家庭用ゲーム機が発売されている。
第2表にはVCSに加えて、アタリ社が1982年に発売したアタリ5200、マテル社が1979年に発売したインテリビジョン、コレコ社が1982年に発売したコレコビジョンについて、対応ゲームソフトの年別発売タイトル数を示す。
注目すべきはコレコビジョンであり、1983年から1984年にかけて発売タイトル数が大幅に増加している点は興味深い。VCS以外の家庭用ゲーム機についても、市場崩壊との関連性を検証されるべきであろう。

videogamecrash_table2.jpg

以上のように、アメリカの家庭用ビデオゲーム市場の急激な崩壊は、単にアタリVCSの失敗にすべての原因が帰するのではなく、複数の要因が関わっていると筆者は推測している。とりわけ、同時期に家庭用ビデオゲーム市場とともに勃興していたホームコンピュータ市場の影響は無視できない。

ただし、「アタリショック」の理解を困難足らしめている理由の一つは、数量的なデータが不足している点が大きい。例えば上に名前を挙げたアタリ5200、コレコビジョンの正確な販売台数はいまだ明らかにされていない。そのため、販売数などのデータに関しては、複数の文献を精査した上での推計に頼らざるをえない。これから本論で述べることは、筆者の独自見解が多分に含まれていることを予めお断りさせて頂きたい。

本論では、80年代前半のアメリカの家庭用ビデオゲーム市場を多角的な観点から検証することで、崩壊に至る過程を解き明かしてみたい。筆者は学術研究者でも業界関係者でもなく、一個人のゲームファンに過ぎない。いささか分不相応な試みではあるが、「アタリショック」の真相に迫ることが出来ていれば幸いである。

(続く)

[1]藤田直樹「米国におけるビデオ・ゲーム産業の形成と急激な崩壊 現代ビデオ・ゲーム産業の形成過程(1)」『経済論叢(京都大学)』1998年11・12月(162巻5・6号)
[2]『新・電子立国〈4〉ビデオゲーム・巨富の攻防』日本放送出版協会 1997年

*注 このイタリック体の記述は、特定文献からの引用ではなく、我が国で流布している代表的な「アタリショック」観を筆者がまとめたものである。

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隠れファン

おお~、ついに書かれるのですね
超期待してます
by 隠れファン (2011-10-17 16:33) 

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