任天堂法務部は別に最強じゃないよ列伝 [日記・雑感]
○任天堂法務部 最強列伝 (from 東京のはじっこで愛を叫ぶ)
○はてなブックマーク > 任天堂法務部 最強列伝
あ~、絶賛コメントの嵐に水を差すつもりはないんですが、このまま「任天堂法務部は常勝無敗!」との誤ったイメージが定着してしまうのもどうかと思うので、一言二言つっこませてもらいます。
まず第一に、さすがの任天堂にも裁判での敗訴とか、「負け」に分類される法務活動の例は結構あります。個人的には、「最強」と形容するのが妥当であるとは全く思いません。
■池上通信機裁判
アーケード版『ドンキーコング』の開発、およびゲーム基盤の製造を担当した池上通信機との間で争われた一連の裁判です。
これは、『ドンキーコング』の著作権が任天堂と池上のどちらに属するのか、開発を委託した際にきっちりと取り決めていなかったことが一番の原因でした。(なんと迂闊!)
結局両社は、90年に和解内容を公開しないことを条件に、法廷内和解に合意します。しかし裁判を通じて、任天堂が『ドンキーコング』のプログラムの著作権を取得していないこと、さらに『ドンキーコング Jr.』には『ドンキーコング』のプログラムが池上に無断で流用されている事実が明らかになりました。
以上の理由から、和解内容は任天堂に対して有利なものではなかったと推測されます。
■VS. レンタルショップ
アメリカの著作権法には、「ファースト・セール・ドクトリン」という原則があります。
「著作権者は、著作物の原作品や複製物の頒布を制限する権利を持つ。しかし、ひとたび合法的に販売された時点でその権利は消尽する」。平たく言うと、「買った物は、買い主がどう扱おうと自由」という考え方です。
このため、アメリカのレンタルショップは小売店から購入してきたゲームソフトを、何の制限も受けずに貸し出し業務に使用することができます。(日本ではメーカーの許諾が必要)
1989年、米任天堂はソフトウェア企業と合同で、ゲームソフトのレンタルを禁止する法案の成立を目指しました。しかし、ビデオレンタル業者の猛反発に遭い、計画は頓挫します。
その後のロビー活動も空しく終わり、任天堂はゲームレンタルを禁止することはできませんでした。
■ゲーム・ジニー
ゲーム・ジニーはアメリカで発売された、アドオンタイプのゲーム改造機器です。要するに、「プロ・アクション・リプレイのようなもの」と言ったほうがわかりやすいかもしれませんね。
○Game Genie (from 英語版Wikipedia)
任天堂は90年に、「ゲームの改変は著作権を侵害する」との理由で販売元のガルーブ社を告訴しました。しかし製造販売を禁じる仮処分申請は認められたものの、翌91年の裁判では一転して任天堂の訴えは退けられています。
これは、ゲームジニーの使用はあくまで一般消費者であるプレイヤーが個人的に楽しむためのものであり、米著作権法の定めるフェアユース(公正利用)の範囲内に収まると判断されたからです。
・・・以上、自分で書いておいてなんですが、かなりマニアックな「負け」の例ですね(笑)。
でも、「訴えられても見事に回避し、訴えるときは勝算が有る場合に限る」 (元記事)との文章が、いかに偏ったイメージであるかはご理解いただけるかと思います。
んで第二の点なのですが、僕が元記事を読んで最も疑問に思ったのは結論部分の次の文章です。
さてこれら任天堂法務部の事件を見渡すと、ある共通点が分かります。
それは徹底的な事前調査です。何か起きそうな所は先回りして対抗手段を取っておく。その技量が半端無いんですね。
え?キングコング裁判やテトリスの件での任天堂の対応は、「事後的」と呼ぶべきものではありませんか?
まずキングコング裁判についてですが、ユニバーサル社が「キングコング」の著作権を有していない事実は、任天堂が同社に訴訟を起こされた後に調査を進めた結果判明しました。そして任天堂がユニバーサルに勝つことができたのは、請求権の不在だけが理由ではありません。実際に法廷で「ドンキーコング」のゲームプレイを実演するなど地道な努力を重ね、「キングコングとドンキーコングは全く似ていない」ことが認められたからです。
またテトリスに関しては、このような裏話があります。
当時任天堂は、新たに開発していた携帯ゲーム機「ゲームボーイ」向けにテトリスの権利を取得できないか考えていました。(*注 据え置き機と携帯機では、権利が別扱いとなる)
そこで任天堂は、アタリ社の許諾を受けて日本でFC版テトリスを発売していたBPS社に、密かにロシア側との交渉を依頼したのです。アタリ社が実は家庭用機でのテトリスの権利を有していないことは、その席上で偶然もたらされた情報でした。
つまり任天堂は、当初はアタリゲームス社に対抗する意図を全く持っていなかったのです。
かつて任天堂の社長を務めた山内溥氏は、同社がゲーム屋として大成した理由を問われて「運がよかっただけ」と答えたことで知られます。
そういうわけで、少なくともこの二件の訴訟については「任天堂 幸運列伝」とでも呼ぶべきエピソードだと思いますが、皆様はいかがでしょうか?
(参考文献)
○それは『ポン』から始まった (赤木真澄 アミューズメント出版社)
○ゲーム・オーバー (デヴィッド・シェフ 角川書店)
(関連リンク)
○任天堂法務部は「無敵」というわけではない (from ゲームミュージックなブログ)
○山内社長「遊び方にパテントは無い」→その7年後「市場の独占は必要」
○本当は黒い?任天堂の昔話
(08/8/11) 本文一部訂正
○はてなブックマーク > 任天堂法務部 最強列伝
あ~、絶賛コメントの嵐に水を差すつもりはないんですが、このまま「任天堂法務部は常勝無敗!」との誤ったイメージが定着してしまうのもどうかと思うので、一言二言つっこませてもらいます。
まず第一に、さすがの任天堂にも裁判での敗訴とか、「負け」に分類される法務活動の例は結構あります。個人的には、「最強」と形容するのが妥当であるとは全く思いません。
■池上通信機裁判
アーケード版『ドンキーコング』の開発、およびゲーム基盤の製造を担当した池上通信機との間で争われた一連の裁判です。
これは、『ドンキーコング』の著作権が任天堂と池上のどちらに属するのか、開発を委託した際にきっちりと取り決めていなかったことが一番の原因でした。(なんと迂闊!)
結局両社は、90年に和解内容を公開しないことを条件に、法廷内和解に合意します。しかし裁判を通じて、任天堂が『ドンキーコング』のプログラムの著作権を取得していないこと、さらに『ドンキーコング Jr.』には『ドンキーコング』のプログラムが池上に無断で流用されている事実が明らかになりました。
以上の理由から、和解内容は任天堂に対して有利なものではなかったと推測されます。
■VS. レンタルショップ
アメリカの著作権法には、「ファースト・セール・ドクトリン」という原則があります。
「著作権者は、著作物の原作品や複製物の頒布を制限する権利を持つ。しかし、ひとたび合法的に販売された時点でその権利は消尽する」。平たく言うと、「買った物は、買い主がどう扱おうと自由」という考え方です。
このため、アメリカのレンタルショップは小売店から購入してきたゲームソフトを、何の制限も受けずに貸し出し業務に使用することができます。(日本ではメーカーの許諾が必要)
1989年、米任天堂はソフトウェア企業と合同で、ゲームソフトのレンタルを禁止する法案の成立を目指しました。しかし、ビデオレンタル業者の猛反発に遭い、計画は頓挫します。
その後のロビー活動も空しく終わり、任天堂はゲームレンタルを禁止することはできませんでした。
■ゲーム・ジニー
ゲーム・ジニーはアメリカで発売された、アドオンタイプのゲーム改造機器です。要するに、「プロ・アクション・リプレイのようなもの」と言ったほうがわかりやすいかもしれませんね。
○Game Genie (from 英語版Wikipedia)
任天堂は90年に、「ゲームの改変は著作権を侵害する」との理由で販売元のガルーブ社を告訴しました。しかし製造販売を禁じる仮処分申請は認められたものの、翌91年の裁判では一転して任天堂の訴えは退けられています。
これは、ゲームジニーの使用はあくまで一般消費者であるプレイヤーが個人的に楽しむためのものであり、米著作権法の定めるフェアユース(公正利用)の範囲内に収まると判断されたからです。
・・・以上、自分で書いておいてなんですが、かなりマニアックな「負け」の例ですね(笑)。
でも、「訴えられても見事に回避し、訴えるときは勝算が有る場合に限る」 (元記事)との文章が、いかに偏ったイメージであるかはご理解いただけるかと思います。
んで第二の点なのですが、僕が元記事を読んで最も疑問に思ったのは結論部分の次の文章です。
さてこれら任天堂法務部の事件を見渡すと、ある共通点が分かります。
それは徹底的な事前調査です。何か起きそうな所は先回りして対抗手段を取っておく。その技量が半端無いんですね。
え?キングコング裁判やテトリスの件での任天堂の対応は、「事後的」と呼ぶべきものではありませんか?
まずキングコング裁判についてですが、ユニバーサル社が「キングコング」の著作権を有していない事実は、任天堂が同社に訴訟を起こされた後に調査を進めた結果判明しました。そして任天堂がユニバーサルに勝つことができたのは、請求権の不在だけが理由ではありません。実際に法廷で「ドンキーコング」のゲームプレイを実演するなど地道な努力を重ね、「キングコングとドンキーコングは全く似ていない」ことが認められたからです。
またテトリスに関しては、このような裏話があります。
当時任天堂は、新たに開発していた携帯ゲーム機「ゲームボーイ」向けにテトリスの権利を取得できないか考えていました。(*注 据え置き機と携帯機では、権利が別扱いとなる)
そこで任天堂は、アタリ社の許諾を受けて日本でFC版テトリスを発売していたBPS社に、密かにロシア側との交渉を依頼したのです。アタリ社が実は家庭用機でのテトリスの権利を有していないことは、その席上で偶然もたらされた情報でした。
つまり任天堂は、当初はアタリゲームス社に対抗する意図を全く持っていなかったのです。
かつて任天堂の社長を務めた山内溥氏は、同社がゲーム屋として大成した理由を問われて「運がよかっただけ」と答えたことで知られます。
そういうわけで、少なくともこの二件の訴訟については「任天堂 幸運列伝」とでも呼ぶべきエピソードだと思いますが、皆様はいかがでしょうか?
(参考文献)
○それは『ポン』から始まった (赤木真澄 アミューズメント出版社)
○ゲーム・オーバー (デヴィッド・シェフ 角川書店)
(関連リンク)
○任天堂法務部は「無敵」というわけではない (from ゲームミュージックなブログ)
○山内社長「遊び方にパテントは無い」→その7年後「市場の独占は必要」
○本当は黒い?任天堂の昔話
(08/8/11) 本文一部訂正
元記事では常勝不敗ではなく最強と表現していますね。
反例として挙げた事例がおっしゃるようにマニアックすぎる気がします。
敗訴だってある程度あるでしょう。
何回か三振しているイチローは最強バッターではない、と言えるかどうか。
また、幸運の事例についても粘り強い交渉の上に成り立っているもので、
あらゆるビジネスなどの勝負事にも同じことが言えるでしょう。
良質の事前調査も100%には成り得ません。
私は元記事のほうに説得力を感じました。
by okabayashi (2008-08-10 20:24)
はじめまして。
「常勝無敗」との表現は、はてなブックマークの反応を指したものです。
そして、上に挙げたのがいかにマニアックな例であるとはいえ、「訴えられても見事に回避し、訴えるときは勝算が有る場合に限る」 との評価に反する事実であることには変わりありません。
またキングコング裁判とテトリスの件ですが、そもそも私が問題にしているのは「事件の共通点は徹底的な事前調査」と断じた部分です。上で説明したとおり、この二つの裁判については完全に「事後的」な調査が功を奏しています。
「良質の事前調査も100%には成り得ません」とのokabayashiさんの反論は、元記事の擁護になってませんね。
by loderun (2008-08-10 21:38)
>実際に法廷で「ドンキーコング」のゲームプレイを実演する
本題とズレますが、法廷でゲームするところを想像しただけで、笑えます。
それと、キングコング裁判とテトリスの件で、任天堂側が事後的に偶然に切り札を得て、かつ、ドタバタやったとしたら、まるで、成歩堂くんですね。
by M_t (2008-08-10 22:00)
後で気付いて、申し訳ないですが、記事500件目ですね。おめでとうございます。これからも、面白い記事お願いします。
by M_t (2008-08-10 23:42)
ドンキーコングまでならともかく、ドンキーコングJR.裁判に関しては
任天堂に弁解の余地一切無しですからねぇ。
ある意味当時のギャラクシアンクローン基板並の酷さ。
別件では未だに「F1レース」と「ポールポジション」の余りの類似性の
高さ(コンセプト、音楽、ターボシステム…)が問題にならないのが
イマイチ謎。その割にはWiiのVCで配信してるし。
by okaz (2008-08-11 00:09)
テトリス事件のセガの不手際で思い出しましたが
どこぞの爺さんがサブマリン特許で訴えたときの任天堂・セガのニ社の対応で
任天堂は早々に和解金で手を打ち、セガは散々争って
より高い金を払う羽目になったというエピソードがありますが(うろ覚えで脚色されてるかもしれない)
任天堂法務部最強伝説とは実力よりも
セガ信者からの憎しみとも羨望ともとれる気持ちがそれを強固に支えているのではないでしょうか?(ぇー
by 本当の通りすがり (2008-08-11 05:30)
>M_tさん
nice!ありがとうございます。最近更新ペース落ちてますが、これからも頑張ります。
ドンキーコングの実演は、傍から見てるとゲームを楽しんでいるようにしか見えなさそうですね。やはりアップライト筐体を持ち込んだんでしょうか?
ただ、我が国でもコピー基板がらみの裁判では、実際に法廷でゲームを動作してみせてたそうです。
>okazさん
あの頃のAM業界は、リバースエンジニアリングとかデッドコピーとか契約違反とか日常茶飯事でしたからね(笑)
ただ、ビデオゲームの類似性を訴える場合、プログラムの流用、ゲームルール、外観など様々な要素がからんできます。近年の音ゲー裁判やムシキングのように、予め特許権で囲い込んでおくのが賢明なんでしょうね。
>サブマリン特許
それはコイル特許ですね。経緯については、その説明で間違いないと思います。
実は僕自身もセガファンのはしくれなので、任天堂に対する「憎しみとも羨望ともとれる気持ち」というのは良く分かります(笑)
by loderun (2008-08-11 18:54)
任天堂vsユリゲラーの裁判がとてもネタとしか思えないのですが・・・
ユリゲラー「ポケモンyo~、ワシのパクリのキャラがじゃろ?」
任天堂「このキャラは超能力をつかえるけんのぉ~、もしパクリならお主は超能力が使えるのですね?つかってみろやコラ!」
ユリゲラー「・・・」
確かこんなのを聞いたことあるけど本当なの?
by がはく (2008-08-11 22:52)
あ、なんだかお久しぶりな気がします(笑)
ユリゲラーの裁判については、上に挙げた「任天堂法務部 最強列伝」の中に解説がありますね。
ただ、僕はポケモンがサッパリなこともあり、海外版ではユンゲラーが取り除かれているのか確認していません。
by loderun (2008-08-11 23:17)
通りすがりで恐縮ですがこちらもご覧になっていただきたいと存じます。
http://gamemusic.blog50.fc2.com/blog-entry-709.html
幸運とは言いますが任天堂はそもそも博打打ちの道具を製造するメーカーですから運以前に自分達が博打に弱いと商売が成り立たない会社でもあるわけでして、賭け事のセオリーである「勝つときは徹底的に勝ち、負けるときは最低限の損害で済ませて次に備え」られる会社なのです(だから64もGCもVBもギリギリ黒字だった)。
僕が思うに、確かに法務部は「法律の専門家チーム」としては最強じゃないかもしれませんが「ギャンブラー」としては最強だとは思いますよ。
by 麦芽出荷中 (2008-08-13 00:23)
確かに今のロシアだけど、
そこはソ連とかソビエトじゃないかな
交渉は共産国家相手だったからこその部分もあるし
by テトリスの件について (2008-08-13 11:05)
>こちらもご覧になっていただきたいと存じます
ゲームミュージックなブログさんには、当記事からもリンクさせていただいている上に、既にコメントやTB送信済みです。
>そこはソ連とかソビエトじゃないかな
「ソビエト連邦に属するロシア共和国」という意味で「ロシア」と書きました。
…うそです、たった今考えた言い訳です(笑)
もちろん当時がソ連なのは承知していましたが、「分かりやすさ」を重視して慣用的な表記とさせて頂きました。ご指摘ありがとうございました。
by loderun (2008-08-13 15:59)
元記事は性急にまとめすぎ。
で、事後調査と地道な努力が「幸運」てのはナイかなと。
うーん、やっぱり「最強」がしっくりくる気がする。
by グッボーイ (2008-08-16 06:26)